ボンジュー  ムッシュー サバ⁉︎

Le Minor(ルミノア)と縁を持つこととなり、彼らブランドの象徴的な商品であるボーダーのカットソー、日本ではバスクシャツと呼ばれているものがあります。

Le Minor ブルトントップ長袖

自らが取り扱うならば、このバスクシャツというものを理解する必要があると考えました。

日本では、綿素材、編み物の少し厚めのしっかりとした生地で紺色と白の横ストライプのプルオーバーのトップスのことを バスクシャツと呼んでいます。

夏には、欠かせないアイテムの一つでありますが、季節を問わず、街では毎日必ずといっても良い程、女性は、年齢問わず着ている人を見かけます。フランスはもとより、各国色々なブランドが供給しています。

私自身も数枚所有者していますが真夏は、半袖でも、街中の多湿な日本の気候には適していない….と感じているのです。

このバスクとは、バスク地方のことを表しているようで、スペインとフランスにまたがる地域のことを指します。(地図を参照くださいませ)(バスクの詳細は、今回控えます)

しかしながら、フランスでは、この呼び名では通じません。ブルトンマリン(Breton Marine) ブルトンストライプ(Breton Stripe)と呼ばれています。(ちなみに横縞の事は、ボーダーでは通じません)

私は、敢えてブルトン・トップ(Breton Top)と呼ばせていただきます。

この場合のブルトン(Breton)は、フランス北西部のブルターニュ地方(Bretagne)の事を指しています。日本では「バスクシャツ」と呼ぶのか?このことは諸先輩方々が疑問に思い、自ら検証され色々な仮説を立てておられるのは、私自身興味深く拝見し、それらに対しての異論はございません。

が、しかし私なりの仮説と検証したことを併せて述べさていただければと

なぜ紺色と白のストライプだったのか?

このトップスやセーターは、漁師さん含め船乗りさんの仕事着がルーツなのは、間違いないようです。バスク地方「Basque」とブルターニュ地方「Bretagne」の街は、全て大西洋に面していて自然の恩恵と厳しさを受けています。

フランス ブルターニュ地方地図

ブルターニュ地方の北からサンマロ、ブレスト、そしてロリアンは、古くは、大航海時代から現在まで、漁業はもちろん、貿易そして軍事においてのフランスの重要な港町でありました。

また、フランスではありませんが、(英国王室の属領で厳密に言えば英国ではありません)すぐ目と鼻の先に ガーンジーセーターで有名なガーンジー島(Guernsey) ジャージ素材の語源といわれているジャージ島(Jersey)もあります。

Le Minor(ルミノア)創業の地、Loient(ロリアン)は、1666年、ルイ14世によって造船所の設立が認められ、東インド会社が設立されました。

当時は、14世紀からヨーロッパで大流行した黒死病(ペスト菌)の原因が発見されておらず、有効な防疫手段がなかった時代でした。

長い航海を船内で過ごす船員さん達の悩みは、黒死病を媒介すると言われていたネズミでした。

ブルトントップを着た 昔の船員さん

ネズミよけの為に考え使われたのが、インドとの貿易産品であった鮮やかな藍色の染料天然インディゴでした。しかしながら当時は、大変高価であった為、全てを天然インディゴで染めるわけには、いかず その為白と藍色のストライプになり、それがブルトントップの原型になったという事を聞きました。

この話私は、アメリカでも開拓時代にガラガラヘビよけに天然インディゴを使用したデニム、ジーンズを作業着として愛用したという話を思いだし納得したのでした。(これも諸説あるようですが…)

フランス海軍のユニフォーム 21という数字?

1858年にフランス議会が法律として可決し、導入されたのでした。この新しい法律により、この紺色と白の横ストライプが、フランス北西部に駐留するすべてのフランス海軍(French Naval )要員の新しいユニフォームになることが認められました。

昔のフランス海軍ユニホーム

20世紀前半と思われるフランス海軍ユニホーム

引用元:ウイキペディアさん

最初は非常に厳しい仕様で作られました。ボディに21本の白い縞が必要で、襟と裾部分を除く幅は、約20m/m それと幅 約10m/mのインディゴブルーの縞 20本あることを義務付けていました。袖には15本の白い縞と14本のインディゴブルーの縞がありました。白い縞はインディゴブルーの縞の太さの約2倍になります。

また袖丈と着丈も重要なポイントでした。袖の長さは、上に羽織るジャケットの袖からはみ出さないように短めの3/4の長さでした。一方の裾部分は、ブリッジパンツに押し込めるように十分な長さが必要だったのでした。

この「21」という数字は、ナポレオン・ボナパルトが英国に対しての海軍の勝利の数という説。

第一次イタリア遠征で21の軍旗を持ち帰った説等々、諸説はあるようです?

いずれにしても、ナポレオン一世のフランスの勝利を象徴するために「21」という数を採用したと考えられるのです。

France TV Distribution が、1922年フランス ブルターニュ地方で創業したルミノアその歴史と事業を継承した若き2人の経営者を取材し制作したコンテンツです。 意訳ながら日本誤字幕を加えました。

なぜフランスファションの象徴のようになったのか?

それはCoco Chanelココ・シャネル」です。彼女は、1913年にブルターニュ地方から北、海岸沿いの高級ルゾート地ドーヴィルにブティックをオープンしました。彼女は、沿岸の海辺での自身の休暇にカジュアルな服装としてこのブルトントップを愛用したのでした。

ブルトントップを着たココシャネル

引用元: Vouge Japan さん

1917年発表したシャネルコレクションは、このブルトンストライプや他の多くの航海や沿岸にインスピレーションを得た作品を発表しました。 

それらは、当時女性のファッションが非常にフォーマルでコルセットを多用した時代には、革新的であり大胆な提案だったのでした。

その当時から現在まで、時代を代表するスターたちが好んで自らのワードローヴに取り入れたのは、ご承知のとおりかと思います。

ブルトントップを着たオードリーヘップバーン

引用元: Gala さん

確かに、ココシャネルはレディスウェアの先駆者だったかもしれません。

しかし世界中の男性がブルトントップをファッションピースとして着たのは、なぜなのでしょうか?

なぜ私は、日本でバスクシャツと呼ばれているのに敢えてブルトントップと呼ぶのか?  

それは、また明日! 後半に続きます。

メルスィー  オバ!

crème de la crème

 TOM